カテゴリ 日記 の記事一覧
日記

少し前から某AIを有料プランにして利用しているのですが、こんな未来が来るなんてと思いつつ、学生時代に数学の先生が言っていた
「コンピュータは偉大なるバカ」という言葉が思い出されます。
確かに自然言語を理解し、あらゆることに回答を出すことができるAIはすごいですが、
・チャットでやり取りを重ねても脊髄反射的に直近のことだけで答えようとするため
コンテキストの理解や概念を深めていくのが甘め(たぶん一度にインプットすれば理解できる)
・誤りを指摘すると「そうそう、それそれ!」とさも最初から知っていたかのように振る舞う→さらに連続して間違えて、それを指摘し続けると、謝りすぎなくらい謝って人間側に罪悪感を抱かせようとしてくる、またはそんなに細かいところまで見てるなんてすごい!と褒め称えてくる→最終的に開き直る
ようなところが、まだまだ「偉大なるバカ」感があります。
特に、コンテキストや概念の理解に関しては、
・「改めて過去のやりとりを見返してみて」→「見返して理解した」と言ってまた間違え(笑)
・「(AI自身が)書いたことを忘れてしまったなら、また伝えるよ」と言ってAIの回答そのものをコピペしてもそれすら過去のAI自身と異なる解釈をしたり部分的にいいように捉えたりし(笑x2)
・「もう完全に理解したから任せて!」と言って少し前と同じ間違いをし(笑x3)
学生時代の学科も情報系だったボクとしてはコンピュータ、憎めない可愛いヤツめと思いつつも、まだまだかなぁと感じるところです。
※もちろん専門領域向けのAIや個別最適化されたAIであれば別だと思いますが、一般的な生成AIにおいては。
精度は上がってきてはいるものの、AI自身も自然言語で答えてくれることで信じやすい面もあるかなぁと思うので、偉大なるバカを「偉大」に使いこなすのが大事なんだな、と改めて。
あ、
ちょっと真面目なことを書いてしまった……笑
ではでは。
日記

元々ブログをスタートした
goo blogがサービス終了…ということで、下らないことしか書かないタイプなので、別にこのまま消滅でも良いかなぁと思ったのですが、何となく「はてな」さんに引っ越してみました。
タイトル未定(それでいいのか?) – はてなブログ版
このサイトを作ったのが2013年で12年前ですが、goo blogを始めたところまで遡ると2006年で19年。
まだ学生で、熊本の実家にいて、PCかガラケーから更新してました。
どうしてブログを始めようと思ったのか、もはや覚えていないですが、
某ラジオ番組のリスナーだったことをキッカケに、リスナー同士で交流が始まってチャット(懐かしい)やらブログやらでやり取りしたのは良い思い出。
何人かは面識ないのに携帯のメールとか電話番号まで交換して、まだ連絡先残ってるけど、たぶんもうみんな番号とかアドレス変わってるんだろうなぁ(笑)。
青さや未熟さ、アホさ(それは今もか)が詰まっていて、正直なところやっぱり
サービス終了とともに消滅させたほうが良かったかもしれない(笑・笑)けれども、そういう道を通ってきて今の自分があるんだよな、と過去の自分を認めてあげたい気持ちでもあります。
移行のときに、ブログ内リンクがうまく変換されなくて全体的に見直していったのですが、
タイトルの付け方は自分ながら好きで、今はあまりそういうタイトルの付け方をしないので久々にしてみようかなと思いました。
割とお気に入りのタイトル
・確かなものなんて何もないことが確かだ、と言うのならそれも確かではない
・部屋干しなのに似合わな~い
・見知らぬ人と夫婦漫才
・鯵の開きをさらに開きたい
・我を忘れすぎて我を忘れたことすら忘れる
・「この文章にはまとまりがありません」「それはいつものことです」
・それを縦にしたいという邪な思い
ではでは。
日記
2023年までと同様、今年も自分のつぶやきから今年を振り返ってみようと思います。
この形式で投稿するのも11年目で、ボクはSNSでは基本的に中身のあることを書かないことにしているので(笑)、中身のないことを10年以上つぶやき続けているのもある意味すごいなと感じた今日この頃。
1月:熊本に帰るたびに、熊本でぎゃんラジオを聞けないことにもどかしさがあります(笑)
2月:ワクワク感も減ってしまうし、逆にこれは外れているな…と確定連絡までガッカリしながら過ごすことにも。便利なんですけどね。
3月:「等身大」は平井堅さんの『楽園』の「U&I」のリズムで読みます。
4月:本体のほうが壊れました。
5月:ちなみに、張り紙のうち何枚かはちゃんと「No Smoking」になってました。
6月:まぁでも、そこにあるのに見失ってみたり、難しいですよね。
7月:弱めに書きましたが、実際にはオススメされたその場でAmazonで注文、です。
8月:侍タイムスリッパー、ここまで拡がるとは。(今月12月まで、結構な回数観に行きました)
9月:これで来年も細く長く生きられそうです。
10月:見返してみたら
10年前にウォーリーについてブログ書いてました。
11月:それに気づくくらいには映画を観に行った年でした。
12月:ボクが子どもの頃を思い出してみると、クリスマスにはお菓子のブーツしか貰えなかった気がします。
来年もいい年にしたいと思います。
ではでは。
日記

年を重ねていくと新しい経験が減っていくから時間が過ぎるのが早いのであって
新しいことだらけの1年を過ごせば「今年は早くなかった」と言えるのではないか、みたいなことを
以前書いたのですが、2024年もあと80日を切っていて、早いですね。
(推して知るべし)
それでも今年は少しはいつもと違うこともしてみたりしようかな、と年の後半に駆け込みで試したりもしています。
その一環で9月に
変な経路で熊本の実家に帰ったりもしてみました(でも、すごく疲れたので、たぶんもうやらない…笑)。
もう1つが、この歳になって初めての
スポーツジムに通い始めました。
前職でお客さまに続けることの難しさを話していたりしただけにサボれないぞ、ということで滑り出しは順調にいっています。
できない理由をなくすというのは本当に重要だな、と改めて実感していて、ほぼ手ぶらで行っても大丈夫にすることで言い訳できない状態にしました。
と言っても、通うことにしたのは、サービス業から転職して圧倒的に仕事中の動きが減ってしまったので、この4年弱で単純に太ったからというだけなんですけれど、ね。
ではでは。
日記

2023年の年末は、
・12/29はお昼に蕎麦、夜にパスタを食べ、
・12/30はお昼に焼きそば、夜にラーメンを食べ、
・12/31は夜に蕎麦を食べ、
ました。
麺類の怒涛で、2024年以降
しばらくは細く長く生きられそうです。
さて、
1つ前のブログでも書きましたが、2022年末くらいから、
映画をおかわり(同じ映画を複数回観に行く)しがちになりました。
かつ、昨年2023年の年始から映画を見るペースがかなり加速していて、年始に父が亡くなって、一人でいるときでも物語で心を動かさないと耐えられないときがあったのかもしれない、と振り返ると思います。
(映画でもドラマでも小説でも、親子関係のシーンで涙することしばしばな年でした)
小説を読み返すことはあっても映画を見返すことはあまり無かったのですが、やってみると良いなと思った映画は見返したほうがいいな、と感じました。
1回目では気づかなかったところに気づくことが出来たり、あるいは中盤以降で分かった登場人物の機微が、序盤でどう描かれているのか確認できたり。
早速今年も2つの映画をおかわりしました。
映画のおかわりは心に残すのにも良いですが、
ご飯をおかわりして残すのは悪いことなのでやらないように気を付けたいです。
ではでは。
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